「父上、何故私には母上がいないのですか?」
突然尋ねられたその問いに、スランドゥイルはふと酒を口に運ぼうとしていた手をとめた。
酒を飲むぞ、と言ってはべらせていた息子を見てみれば、
少ししゅん、として己を見つめていた。
「なんじゃ、母が欲しいとな?父がいるではないか。」
そう誤魔化してみるものの、レゴラスはどこから「母がいない」という他人との差を知ったのか己の目と自分のとを離そうとしない。
「私も母上が欲しいのです!」
「そう言われてもな。」
「父上は寂しくないのですか!?」
寂しい?
そんなことなど考えてもみなかったが、一般的に見れば寂しい者なのだろうか?
ええい、そんなふうに見られるのは耐えかねない!
「レゴラス、母が欲しいか?」
「はい、母に甘えたいという年ではないですが、やっぱり皆のように両親が欲しいです!」
「よし、連れてくるからな。」
「はい!」
わしだってやろうと思えばできる。
可愛い一人息子のためと思えば!
見ておれ!
誰に向かって言っているのかは分からないが、スランドゥイルは王座から勢い良く立ち上がった。
「父上凄いです!」
「では行って来る。」
「でも、どこへ行くのですか?」
「うん?裂け谷にとびきりの美人がおるからな。連れてくる。」
「裂け谷!私も行ってもいいですか?」
「よしよし、付いてくるがよいぞ。」
そんなこんなで闇の森住まう親子は母親探しに出かけたのだった。
裂け谷に嵐が到来、といっても過言ではないだろう。
everlastingly-other story1-
「今日もいい天気だ。」
「そうだな。」
「二人とも、そんな顔してると名が泣きますよ。」
ところかわりここは裂け谷。
ここのところは春一番風も吹いて晴天が続き、今日も爽やかな青空が広がっている。
裂け谷の武官長ことグロールフィンデル、そしてマンドスより突然帰還したエクセリオンと裂け谷の重鎮の片割れ、エレストールの3人の
ここのところの日課は外で昼がてら、ちょっとしたティータイムでくつろぐことだった。
ちょうどグロールフィンデルと、彼よりもはるかに忙しいエレストールとの休憩の時間が重なるのはまさにこの時。
これを企画したのもグロールフィンデルで、滅多に彼と接触したがらないエレストールも心地よい風に誘われて首を縦に振ったのだった。
「名?この気持ちのよい青空の下で金華公だの泉公だの、そんな堅苦しい名はふさわしくはない。」
「そうそう、エクセリオンの言うとおりだよ。」
「貴方の場合、いつだって名が泣いているでしょう。」
いつもの痛烈な一言に落ち込むグロールフィンデルをエクセリオンが慰める。
そこでまたラブラブっぷりを見せ付けられるものだから、エレストールが溜息をつく。
これもまたこの日課で馴染みの光景だ。
「でも刺激がなさすぎて気が緩みすぎだなぁ。」
「そうですね、最近の貴方の顔といったら・・・・。」
「エレストール殿、苛めるのも大概にしてあげて下さい。」
「失礼。」
さてそろそろお開きかといったところだった。
「?中が騒がしいですね。」
「そういえば・・。」
椅子から各々立ち上がろうとしている時だった。
ふと中がざわついているのに気づく。
「なんでしょう?」
「行ってみないと。」
裂け谷の風紀委員をも務めるエレストール。
自分が行かないわけにはいかない、と足早に館へと戻っていく。
その後を二人も追いかけていく。
「エレストール!!」
と、中から慌てて走ってきたのは裂け谷の主のエルロンド。
主ともあろう者がこんなに慌てて臣下を探すとは一体何事か、とエレストールは急いで主のもとへと走りよる。
「何が起きているのです?」
「そ・・それが・・・・、」
はぁはぁ、と息をきらすエルロンドの背中をさすりながらエレストールが尋ねる。
「嵐が来たぞ。例の、いつものな。」
その言葉に、
エレストールとグロールフィンデルの顔は青ざめる。
エクセリオンは何のことだ?と二人に尋ねるが、二人とも聞いてはいなかった。
「大変だ・・。」
「書状も無しにですか?」
「あぁ、突然にな。しかも親子で。」
「・・・そうですか。」
「とりあえず、出迎えはしないとな。」
「はい、すぐに。」
二人そう返事をしてエレストールとグロールフィンデルが急いで館へと戻っていく姿を、残されたエクセリオンは頭にたくさんのクエスチョンマークを並べていた。
「一体なんなんだ!?」
追いかけてグロールフィンデルに尋ねる。
「レゴラス王子と、・・それからその父君、闇の森の王スランドゥイル殿だ!」
4人が客間に到着した時は既に、二人、つまりスランドゥイルとレゴラスは出された紅茶と菓子でくつろいでいた。
しかし4人に気がつくと、レゴラスは立ち上がりお辞儀をする。
スランドゥイルはいつものように椅子に踏ん反り返っているだけだ。
「ようこそ、スランドゥイル王、それからレゴラス王子。」
代表してエルロンドが進み出て歓迎の意を表す。
もちろん内心は不安と焦りとが混じりあっていたが。
「お久しぶりでございます。」
「レゴラス王子はこの前以来ですが、スランドゥイル様は本当にお久しぶりです。」
続いてグロールフィンデルとエレストールもお辞儀をする。
紹介はしなかったが、それと共にエクセリオンも同じく頭を下げる。
「エクセリオン様!この前の怪我は大丈夫でしたか・・?あの時は私の我儘で・・。」
「いえ、この通り治りましたから。」
その時、息子と話すエクセリオンに気づいてスランドゥイルがようやく立ち上がった。
つかつかと彼の履いている長靴が音をたて、エクセリオンは再度頭を下げた。
が、それはくいっと顎を持ち上げるスランドゥイルによって阻まれ
「ほぅ。これがノルド1の美形か。」
突然の行動であったがエクセリオンは冷静さを乱さずに
「いえ、とんでもございません。きっとそれは本の誇張表現にすぎないかと。」
「何を言うか。話は聞いておる。噂どおり、グロールフィンデルの旦那だそうじゃないか。」
その言葉にはさすがにエクセリオンも言葉につまり、隣にいたグロールフィンデルは分かりやすく顔に焦りが見える。
「ス、スランドゥイル様!幼馴染で仲が良いのは承知しておりますが、そのような言葉は私達には似合いません・・!」
「似合う似合わないはお主らが決めることではなかろう?現に本当のことだろうに。」
「それは・・。」
「実のことを言えば、真実ではありますが。」
「エクセリオン!」
さらり、とそう言ってのけるエクセリオンにグロールフィンデルは慌てる。
その様子にスランドゥイルはふん、と鼻を鳴らす。
「これも噂どおり、泉はずいぶんと涼しいものよ。」
「・・・・。」
「そういう静かな水面を見つめていると、それを揺らしたいとは思わぬか?」
「・・何を・・。」
「つまりだ。」
そこでようやくエクセリオンの顔から手を離すと、いきなりグロールフィンデルの腕を掴んだ。
「こいつは嫁に貰っていくぞ。」
一瞬部屋の中がしん、と静まり――。
今なんと?
裂け谷の名高き武官長に向かって嫁に来いと仰せになられたか。
エレストールがはぁ、と溜息をついたのをきっかけに再び部屋は騒然となる。
もちろん最初は当の本人。
「ス、スス、スランドゥイル様!」
「なんじゃ、騒がしい。」
「騒がしいも何も、それは冗談で・・」
「わしはいつでも本気だぞ。」
「・・あぁ、やはり嵐だな。」
これはエルロンドだ。
エレストールは既に冷めた目で状況をうかがっている。
「父上!そのつもりでここへ!?」
「なんじゃ、緑葉。お主だってこやつに懐いておったではないか。」
「母上とはその、女性では・・??」
「母上!?」
「あの、私が母上が欲しいと言ったら父上が裂け谷へ・・と。」
「スランドウィル様、もう冗談はよしてください。」
けれど離れようと腕に力を入れるものの、スランドゥイルはなかなかその手を離さない。
「いいではないか。エルロンドばかり美人をはべらせおって!」
「私か!?」
「エレストールでも良いが、わしは金の方が好きでな。」
「私も結構です。」
「だからグロールフィンデル。嫁に来い。」
「嫌ですよ!」
一通りの騒ぎが収まると、再び部屋はしん、となる。
「大体なんで私が・・・。」
「わしが気に入っておるからじゃ。」
「しかし嫁だの母だの、そんなものは私には一生出来ないものですから・・。」
「できる。」
「いえ、できません・・。」
何を言おうと無駄。
言い出したらとまらないのと酒とで有名なのがこの闇の森の王だ。
しかし諦めて降参でもしようものなら、本当に連れ去られかねない。
グロールフィンデルはエルロンド、エレストールと順々に救いの手を求めてみるが二人は首を横に振るだけだった。
「この際、行ったらどうです?花嫁修業くらい受け持ってあげますよ。」
「そ、そんな・・。」
「スランドゥイル殿、それは無理というもので・・。」
「一人くらいいだろう、若造が。」
「・・・・・・はぁ。」
そんな二人の様子に涙しながら、最後にエクセリオンへと助けてくれと目で訴えてみる。
最も助けてくれそうなのはエクセリオンだ。
この場に彼がいることを感謝したい。
するとエクセリオンはふぅ、と軽く溜息をつくとグロールフィンデルとスランドゥイルとの間に入り、
「グロールフィンデルは離してください。」
「最後に現旦那が出てくるか。しかしもう決めたことだからな。」
「グロールは承諾していないでしょう?」
「お主らはそうだというか。」
「もちろんです。なぁ、グロール?」
にっこりと笑みを浮べてはいるがその下には怒りが含まれていることが分かる。
その怖さか、焦りか、グロールフインデルはコクコクと首を縦に振る。
「そそうです。私にはエクセリオンが・・」
この際恥などどこへでも行ってしまえ。
残された理由はもうこれしか残っていないのだ。
が、
さすがは何千年も生きているだけはあり、このスランドゥイル王も一筋縄ではいかなかった。
奥の手の奥の手、さらに奥の手を持っているようなエルフなのだから。
「わしは、ずっと一人で寂しい思いをしてきたのだ・・。」
「スランドゥイル様?」
先ほどまでぺらぺらと好き勝手言っていたのが、急にしゅんと落ち込み、
どこか切なそうにグロールフィンデルを見上げて。
どこでそんな技を、といいたくなるほどの早業で涙まで目に浮べてみる。
「そうじゃ!思えば貴様らノルドに同族を殺され、挙句の果てにはドワーフめに父を殺され・・・」
「ではノルドを恨んでおられるのでしょう?」
その演技には騙されぬ、と言わんばかりにエクセリオンが言ってみればスランドゥイルはきっと彼を睨み、
「ノルド嫌いのわしがこうして友好を結ぼうと来ておるのだぞ!」
「友好」とは。
当初の目的と少しずれているのは気のせいではないだろうが、スランドゥイルの迫真の演技にエルロンドは見事に騙されたようで。
「スランドゥイル殿!」
「エルロンド、いい案ではないか!?」
何度も裂け谷を訪れているあたりで、すでに友好は保たれている気がするのだが。
「というわけだグロール。裂け谷のためと思い、わしのもとへ来い。」
「いや、論点がずれているのでは・・・。」
「嫌か?」
駄目?と幼子が言い寄る仕草に、グロールフィンデルは弱かった。
エクセリオンもまた弱いことは笑える話だが、それは限定の人のみでグロールフィンデルのようにすぐに心動かされることはなかった。
「グロール。一生戻って来れなくなるぞ。」
「エクセリオンの言うとおりだと、私は思うのですが・・?というよりも、とにかく行けないものはいけません。」
「別に嫁だの妻だのそんな名称はどうでもよい。側近でもよい、側にいてくれさえすればいいのだ。」
「しかしエルロンド卿に仕えている身ですので・・・」
「グロール、私は許すぞ。」
「エルロンド様・・・・・。」
少し離れた場所から行け行け、とすっかり騙されているエルロンド。
そして傍らに既にどうでもよい、という顔のエレストール。
レゴラスはといえば、すみませんすみません、と何度もこちらに頭を下げている。
そしてエクセリオンはといえば。
怖。
自分に怒りが向けられていなくとも発しているオーラで背筋が凍る思いがする。
ここではい、行きます、と行ってしまえば後でその怒りは自分に向けられることは確実。
かつてそのせいで何度も味わった苦い経験からすれば、それは避けなくてはならないもの。
「グロール、行くか?」
いえいえ、滅相もない。
笑って言えどもその仮面の下はおそらくすごいことになっているに違いない。
ふるふると怯えながら首を横にふると、エクセリオンは無言で、けれども笑顔は絶やさずによし、と頷き、
左手をくいっと動かした。
離れろ、という意味だ。
以心伝心。
今度はこくこくと首を縦に振り、スランドゥイルの腕を剥がしにかかる。
いきなり思い切り腕を引かれたことにスランドゥイルは驚いた様子だったが、すぐにまた掴まれてしまった。
「何をしておる。」
「で、ですから行きません・・と・・。」
「離せるものなら離してみよ。」
そう言いながらスランドゥイルはなんと懐からロープを取り出した。
そんなものまで用意していたのか、と感心するも、それでやられてしまってはそのまま拉致は確実。
慌ててエクセリオンに再び助けを求めると、なんと・・
「強行突破。」
「は!?」
つまり、武力行使?
つまりかくも一国のエルフの王に武力行使をしろ、と?
まさかそんなことはできない。
しかしこのままでは本当に連れて行かれて戻ったところでエクセリオンから何かしらくるだろう。
そう迷っている間にもロープが片方の手首にかけられる。
時間はなかった。
「スランドゥイル様!」
「なんじゃ、ようやく決心がついたか?」
「あとでいくらでも謝ります。申し訳ありません!」
「は?」
次の瞬間、グロールフィンデルはとん、とスランドゥイルの首の後ろをついた。
するとかくん、とそのままスランドゥイルは倒れそれを地面に叩きつけぬようにと支える。
「父上!?」
「グロールフィンデル何を!?」
「エルロンド卿、申し訳ありません!しかし・・」
「こうするしかないでしょう?」
当たり前のごとくレゴラスやエルロンドは叫びをあげた。
しかしエレストールは落ち着いてものでつかつかと近づくと何やら薬のようなものを取り出してスランドゥイルに飲ませる。
「エレストール、何を?」
「記憶を少しばかり消すものです。以前、ギルドールからもらったものがこんなところで役立つとは思いもしませんでした。」
意識を失わせて記憶を消して・・。
なんという乱暴だろう。
申し訳ない気持ちでいっぱいだったが思えばこれしか方法はなかったように思える。
「これで解決だな。」
「エクセリオン・・・。」
彼の意外な一面をグロールフィンデルはまた知ったようだった。
後日。
スランドゥイルは目を覚ましたが、きれいさっぱり記憶はないようで何故裂け谷にいる!ノルドなんぞ嫌いじゃ!と叫んでいた。
さらにグロールフィンデルが何度も謝るものだから、スランドゥイルはわけが分からない、とさらに騒ぐばかり。
しかしレゴラスがサポートとして、お酒の飲みすぎです、と言うとそうかそうか、と納得する。
「目を覚まされましたか。」
そこへエクセリオンが入ってくると、スランドゥイルは目を見開き、
「エクセリオンか。」
そういえば記憶がないんだった。
初めて会った、というようなスランドゥイルには違和感をおぼえるが薬の所為であるし話も合わせないとまずい。
そこでエクセリオンは改めて頭を下げ、
「はい、少し前にここへ。」
「話は聞いておる。ノルド一の美形というのは本当らしいな。」
「いえ。」
「ついでにグロールフィンデルとの仲も真実か。」
「・・私は真実と思っておりますが。」
するとグロールフィンデルはふい、と顔をそらし、その様子にスランドゥイルはまた鼻をならす。
「む、そういえばエクセリオンはここへ住まっておるのであろう?」
「はい、そうさせて頂いておりますが。」
そこでスランドゥイルはうん?としばし考え・・
「ということはエルロンドは3人をはべらせておるわけか!!」
「は?」
突然声を荒げるスランドゥイルにエクセリオンは間の抜けた返事を返す。
3人とは誰のことであろう。
しかもはべらせているという表現は・・。
「決まっておろう!エレストールにグロールフィンデル。これでまだ足りぬと申すか、あの若造は!」
「スランドゥイル様落ち着いてください!」
「ええい、それなら一人くらい寄こさぬか!」
「は?」
もしかしてこの展開は・・・
「ふむ。黒に銀に金ならば、やはり金が良い。」
「スランドゥイル様、まだ酔いが・・。」
グロールフィンデルが近づき、肩に手を置いた、と、
「え?」
置いた手はがしっと掴まれ、離そうとしても離れない。
「よし。折角珍しく裂け谷へきたついでじゃ。お前を連れて行く。」
「え、えぇ??」
「グロール。手、離せよ。」
「おお怒ってるのか?」
「さぁ?」
一方は勝手気ままな王様に。
その一方は怒らせたくない恋人に。
どちらを取るか。
二人に挟まれ、その間で涙するグロールフィンデルだった。
あとがき―――――――
everlastinglyのちょっと道に逸れてのお話。
そういえばまだスラパパを出していないなーなんて。
スラパパはこれくだい傍若無人で我儘で無理やりな王様だったら良い。
そしてスラパパとエクセリオンは絶対に気が合わないと思う(笑
スラパパがグロールを気に入っているのは彼が宝石好きで光物好きだから。
とにかくはべらせて酒の相手をさせて彼で遊びたいらしい。
もちろんそんなことはエクセリオンのいるところでは決して叶わないものだけれど。